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【議論】 やらんがまし

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「何をやってもよい」「どんな風にやってもよい」という自主性
演劇における強みであると同時に商業上の弱点でもあります。

コンビニの弁当で、まぁ500円も出せば
だいたい想像の範囲内のクオリティ(味や量)が手に入ります。
一方、芝居を観にいって1000円2000円払ったとして、
そこから得られる満足度は千差万別、まさにピンキリ。
だからこそ、安易に万人にオススメできないですし、
演劇というジャンルが今ひとつ飛び抜けられない理由もそこにあります。



当方、気が向く範囲でなるだけ多くの芝居を観るよう心掛けていますし、
その中で当たり外れがあるであろう事は、当然覚悟の上です。

だから、僕が「ハズレ」を引く分についてはまだ我慢できる。
けど、そういう時は「つまんなかったなぁ」「損したなぁ」ではなくて
まず真っ先に「これを観たお客さんがかわいそうだなぁ」と。
そっちの心配をしていまいます。

この現象を僕は「やらんがまし」と呼んでいます。
「やらない方がまだ良い」という意味です。
やらぬ後悔よりやる後悔、やらぬ善よりやる偽善、なんて言葉がありますが
演劇の世界ではやらない方がマシは確かに存在するのです。



芝居の内容や運営の不手際のせいで観劇が不満足に終わった場合、
観劇が習慣になっている人にとっては
「たまにはそういうこともあるよ」で済みます。(済まないけどね)

もしこれが、演劇を初めて観る人だったら?
一回目でハズレを引いたら、おそらく次からはもう来てくれませんよね?
これは集客の観点で言えば、人ひとり殺したのと同じです。

いや、その一回こっきりの話ではありません。
その人の残りの人生数十年のうちに発生するであろう
観劇の機会、全てを奪ったことになります。

更に、です。
その人から末広がりに広がる人脈も根こそぎ潰したことになりますね。
「演劇なんて二度と見るか!」と思わせておいて、
こちらにとって都合のいい評判や口コミを期待する訳にはいきませんから。



「何をやってもよい」「どんな風にやってもよい」
その自由は、ただの自己満足の表現や不十分な運用という弊害を生み出し
結果として多くの(将来的な)顧客を失いました。

演劇活動が演劇普及を妨げるという矛盾。

だったら、やらんがまし。
実際、「こっちが迷惑するから止めてくれ」と言いたくなる芝居は
何度も観てきました。

顧客一人失うことの意味とその責任。
それを重々踏まえた上で
「これをやってもよいか?」「この方法で間違いはないか?」
を客観視できなければ‥ 無自覚に人を殺し続ける事になるでしょう。
 
 
 



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