FC2ブログ

議論

【必読】今日から脚本家 第7章(後半)

 ←やっと第一稿 →【お知らせ】出掛けます
第7章 後半です。



もう一つ挙げるとすれば、
『 みんなが主役 』 という一言。

これは僕の脚本の本質を突いてる、鋭い評価です。



みんなが主役 ―

といっても、もちろんこれは
「みんなが桃太郎」とかいう悪習の意味ではないです。


ストーリーを展開していく上で、
主軸となるキャラクターは当然必要になります。

そうなれば、必然的に出番も台詞も多くなる。
これは仕方がない。

ただ、僕は
登場人物の出番や台詞の割り振り、重要度が
なるだけフラットになるように心掛けています。




僕の脚本では、あからさまな脇役や端役は出てこない。

たとえ悪人でも
最後には改心するか、悪の美学を見せつけるか、
何らかの見せ場を用意する。

出番が少ないキャラは
その代わりに美味しいトコロを全部持っていく。

などなど。

なるだけフラットに、平等に
登場人物全員が当たり役となるように。




これは、
自分の書いた脚本に自分も出演しないといけない
という境遇だったのが関係あるかもしれない。

やりたくない役だったらヤだな‥

→ 全部当たり役にすればいいじゃん!


という超理論。

結果的にこれは正解だったし、
そうであるのが望ましい‥というか、健全な気がする。




高校演劇を観る機会があって‥
まあ、賞を獲るくらいの有名有力校らしいけど、
それを観て驚いた。

はい、君はこの役、貴方はあの役。

主役は主役であり、端役は端役。
悪人が悪人、感じの悪いまま終わる。

完全にあて書き、駒扱い。

教育の現場でそれをやるのかと驚愕したものだ。
(親御さんはアレを観てどう思うだろうね)


その例に限らず、
主役のための劇団、主役のための公演というのは
今の世であってもたびたび散見されます。

端役の役者はどんな思いで演じているのだろう?
どんな気持ちで主役を眺めているのだろう?


僕にはやはり
そういう状態はどうしても健全と思えないし‥
脚本としても不完全と言わざるを得ない。
(そういうしょうもないことは、プロにやらせておけばいい)



またあの人が主役だ ―

劇団内にありがちな、
そんな固定化されたヒエラルキーよりも‥


役を取り合い、切磋琢磨。
どんな結果になるかわからない配役発表に
ドキドキワクワク。
そんな中で始まる新たな挑戦。
挑戦の中で見つける新たな発見。


みんなが主役 ― だからこそ、

配役さえ面白い。配役から楽しめる。



脚本家の仕掛けは、
そこから既に始まっているのです。




第8章に続く。
 

 

 

 


記事一覧  3kaku_s_L.png 未分類
記事一覧  3kaku_s_L.png お知らせ
記事一覧  3kaku_s_L.png 練習会レポ
記事一覧  3kaku_s_L.png 解説
記事一覧  3kaku_s_L.png 議論
記事一覧  3kaku_s_L.png 潜入レポ
記事一覧  3kaku_s_L.png 製作
記事一覧  3kaku_s_L.png 観劇
記事一覧  3kaku_s_L.png ギャラリー
記事一覧  3kaku_s_L.png 上演
記事一覧  3kaku_s_L.png その他

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

【やっと第一稿】へ  【【お知らせ】出掛けます】へ