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議論

【必読】今日から脚本家 第5章

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第5章 脚本にテーマは必要か?







結論:不要です。




じゃあ、脚本は
何の示唆もない、何の含蓄もない
ただのお話でいいのか?


いいんじゃないでしょうか?




例えば、
こういう難病があって、陰で苦しんでいる人がいる、とか。
行政にこんな制度があるのに、知らない人が多い、とか。


そういった事象を周知する手段の一つとしてならアリでしょう。

演劇が商業的に不利であるが故に
効率は悪いかもしれませんが、
それでもビラ配りでペラ紙一枚渡すよりは
遥かに印象に残せるし、感銘を与えることでしょう。

そして、その過程で
一作品出来上がるなら意味はあるし、有用です。




でも、そこまで。

それ以外の、
作者個人の思想や信条 ― いわゆる「テーマ」は‥

それがあって脚本が面白くなるなら取り入れるべきだし、
あってもなくても変わらないならどうでもいい。
つまらなくなるくらいなら排除すべき。

その程度の価値しかない。
(少なくとも、当人が思っているほどではない)


テーマを云々するよりも、
まずは視聴に耐えるお話を書けるようになりなさい。
そっちが先決です。




そもそも、
演劇をそんなにご大層なモノと捉えるのが間違いかと。

「この舞台を観て、○○の大切さを知りました!」
とかアンケートに書く人がたまに居ますが、
正直、演劇観なきゃそんなコトも解らないような人は
相当にヤバイと思います。
(社交辞令だと信じたい‥)

上演する方も上演する方で、
人様を教化しようなんて思い上がりも甚だしい。

そんなスタンスで作品が面白くなるはずもなく、
当然のように見透かされるし、見限られる。




愛とか、絆とか。
良く言えば、当たり障りのない
(悪く言えば、ありきたりな)テーマならともかく、
「反戦」「差別」「人権」といった
胡散臭いテーマを前面に押し出したりすると、
入口の段階で避けられてしまう。

だからといって、
これを隠すというのが一番タチの悪いやり方で、
「演劇だと思ったら実は左翼の集会場でした」
なんてパターンは最低の部類の騙し討ちです。


予想を裏切る。
期待を裏切る。

作劇のテクニックとして、確かに存在するでしょう。

ただし、
「お客さんは楽しい芝居を観にきたんだ」という大前提
を裏切ることは許されません。





ここまでで述べた通り、
脚本における「テーマ」は
書き始めるキッカケにはなっても、
脚本そのものを向上させる要因とはなりにくい訳です。
(なので僕は、冒頭で不要と断じた)

それでもテーマを求めるのであれば、
「テーマがあって、かつ面白い」という絶対条件を
クリアしなければなりません。



僕個人はテーマテーマと
殊更に思い悩む必要はないと考えています。

何の信念もなしに二時間の話は書けない。

その二時間分の文章の中に、
作者自身の考えや思い、精神の根底にある何かが ―
テーマと呼ぶに相応しい何かが ―
必ず滲み出します。

無味無臭の脚本なんて書く方が難しい。


だから、余計な心配はしないで
ひたすら作品を面白くすることに専念しましょう。
心血注げば、自ずと姿を現すはずです。




第6章に続く。
 

 

 

 


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