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議論

考察・大ホールでの上演について(1)

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さて、先月は立て続けに2本、
ホルトホール・大ホールでの観劇に立ち会った訳ですが‥

正直なところ、
上演内容の面はともかくとして、
「上演形態」としては微妙かな? と思ってみたり。

とにかく、遠くて役者の顔や表情が見えない。
そして生声じゃない。

何か、離れてテレビでも観ているような‥
「自分は今観ているモノは一体何なんだろう?」という疑問を
観劇中に解決することができませんでした。


演劇なのに演劇と認識できない怪現象。


おそらく、大ホールならではの作劇方法というのがあって
それを模索していかないといけないし、
大ホール独自の問題点を一つ一つ解決しないといけない。

本コラムでは、いくつかの問題提起と
わたくしよしりんの個人的見解を述べていきます。



■1 映像の使用

観劇した2作品とも、映像・動画を使用していました。

ホルトホールに限らず、
投影装置のある施設での上演では何故か
映像を使わないと気が済まない
という傾向があるように見受けられます。


僕個人としては、劇中における映像の使用について
肯定的ではありません。それは
「今映像で流しているものを
 役者の力で表現するのが演劇じゃないの?」

という疑問と、
「お客さんは映像ではなく舞台を観にきているんだ」
という信念に基づきます。

そもそも、映像を使って効果的だったケース自体が少ない。

成功例がないこともないですが、
極めて稀ですし、卓越したセンスが求められます。
(分の悪い賭けですね)



さて、ここで。
先にも述べた通り、大ホールでの上演は
表情も見えないし生声じゃない。
自分が演劇を観ているという実感が非常に薄い状態です。

そんな中で映像を使うとどうなるか?



「じゃあ、もう全部映像でよくね?」

となります。



制作サイドとしては、
色んなジャンルとコラボしたい思惑があると思いますが‥
劇中の映像使用は
演劇の演劇性を否定しかねない危険な手法なのです。

その割にメリットが少ない。

「あの映像のシーンが一番印象に残った」と答えるお客さんが
一人でも居ましたか?
もし居たとしても、それは演劇としての失敗とイコールですよね。
(映像に負けるようなら、役者の生の演技など無意味です)

そもそも映像を使う必然性は? その答えを用意してますか?
もしそれが伝わらなかったら、
役者の力量不足の隠蔽か、脚本家の怠慢か、演出家の手抜きか‥
お客さんはそうとしか受け取ってくれないでしょう。


それを超えてなお、
映像を使う事に意味と意義があるなら止めませんが‥

僕は、推奨しません。


演劇の武器は「観る側の無限の想像力」。
映像化してしまった時、それは無限から有限になり果てる。

とてもじゃないけど、推奨できない。



その2に続く。
 

 

 

 


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