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議論

【閲覧注意】よしりん流演出論(4)

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過激・不快な表現が含まれます。
以下、自己責任で読み進めてください。
 



 

 

 

 

 

 


演出論 第4章「異端者」





演劇をやるからには、お客さんを満足させないといけない。
そして、その方法もいろいろある。

ただし。
それを実践するとなると、これまた難しい。

何故かというと、
その答えは「演劇だから」の一言に集約されます。





演劇を娯楽、エンターテイメントと捉える考え方もありますが、
「演劇は神聖なもの」とする思想の方が主流です。

真摯に、ひた向きに作劇に取り組む姿は、
まるで求道者か修行僧のよう。
克己と自己研鑽の繰り返しの中、
徐々に意識は「外」ではなく「内」に向かっていきます‥。

つまり、打ち込めば打ち込むほど
「外からどう見えるか?」
ではなく、
「自分がどうありたいか?」
という理想だけを追求するようになるのです。


そしてそこには、「お客さんを満足させよう」という
世俗的・即物的な発想の付け入る隙がありません。


彼らはそんな発想を
必要としない。
容認しない。
受理しない。
伝播しない。
継承しない。
だから、実践することもない。

過去の記事で
「演出家や役者を育てても問題は解決しない」と述べましたが
その理由がここにあります。

そしてそれは‥
演劇は演劇の問題を解決できないという悲しい結論を意味します。




これは、演劇のシステム、演劇の特性上、
どうしても避けられない事態です。

(避けられない事もないですが、
 それには「聖」と「俗」を併せ持つ度量と
 それらを使い分けるバランス感覚、
 そして、実践できる超人的な馬力が必要となります)


演劇関係者各員の尽力には敬意を払いますが、
それを鑑みても‥
現実問題として演劇は、
未だにマイナーな地位にある事もまた認めざるを得ない事実です。
(どの観点から比較しても、
 演劇が1番という要素は見当たりません)


そして上述の通り、問題は解決されないので、
この状況は今後も変わることなく続いていくことでしょう。




構わず邁進するのも良し。

ですが。

もし、変化を望むのであれば、
正教・王道を外れて、
お客のために演劇をやるという異端者に身を窶す‥

そんな手もありますよ、というのが今回の論旨。




これはあくまで僕の中の正答であって、
真理かどうかは保証できません。

が。

しかしだからといって、演出家の仕事が
「自分の好き勝手に劇を作る」である筈はありません。

では、演出家の責務とは?

各々の正答が求められます。
 

 

 

 

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