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【 議論 】 記事一覧

【コラム】長雨に思う

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毎日毎日、飽きもせずによく降る。

梅雨ってこんな感じだったっけな?
いや、違う気がする。
何かがおかしい。どこか異常だ。

件のウイルスもまた勢いを盛り返してきた。

この先どうなってしまうんだろう、と
絶えない雨音を聞きながら、そんな事を考えてしまう。




今のこの大雨にしろ、
洪水にしろ台風にしろ地震にしろ津波にしろ‥

何十年に一度というレベルのものが毎年来てるんだ。
ということは、これから先もずっとこんな感じなんだろう。

異常気象がスタンダードになる。
平穏無事な年は‥‥今後おそらく来ない。


一縷の望みであったウイルスの収束は‥
危惧していた通り、やはり人為的に失敗し
自粛した分が無駄になる最悪の結末となりました。

そうこうしている間にも、どこかの国でまた新たなウイルスが生まれ、
各国へとまき散らされることでしょう。


既存の演劇が許されない世界 ―

という不安が、現実味を帯びてきています。




こんな状況下でも演劇界有志により、
様々な試みが実践されてはいますが‥

動画配信であれ、無観客公演であれ、
苦肉の策というか、「代替手段」という印象を拭えないし、
厳密な意味では「演劇」でなくなります。


アクリル板や距離感を題材にした上演も
今後ずーっとそればっかり、という訳にもいかない。




感染覚悟、リスク上等で突っ切るか。

新たな道を模索するか。

状況が改善するまでひたすら耐えるか。

いずれをとっても修羅の道でしょう。
でも、進むしかない。


脚本家も脚本家で、
既存の上演形態 ―
劇場での上演を前提としたものや
劇場でなければ実現不可能な作品は、
今は手掛けるべきではないですね。

無駄に終わるし、時期的に悪手です。

それよりは、何が求められているか?
何を提供すれば喜ばれるかを考えていきましょう。
 

 

 

 

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【必読】今日から脚本家 番外編9

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番外編9 「脚本を面白くするには? 前編」



傑作を書くにはどうすればいいか!?

とかいう大仰な話ではありません。

僕にそんな技術はないし、
この記事を読んでる人達も(おそらく)その域に達していないでしょう。

そうではなく、
「どうすれば人様にお見せできる程度にもっていけるか?」
というレベルで述べていきたいと思います。




観劇して「つまらない」と感じるパターンは
だいたい二種類に大別できます。

まずは「やりたいことはわかるが、できていない」パターン。

お笑いのつもりなんだろうけど、センスがズレていて笑えない ―
感動させたいんだろうけど、演技力が追いついてない ―
どんでん返しで驚かせたいんだろうけど、その過程がイマイチ ―

などなど。

当然、よろしくはないんだけど
下手なら上手くなればいいし、足りないものは補えばいい。

どうにかなる、改善の余地がある、という点では
まだ希望が持てます。


ただし‥

「何がやりたいのかわからない」パターン。

こればっかりは本当にどうしようもない。





脚本を書くという行為に限らず、何かを表現するには

「何を伝えたいのか?」
「そして、どう思ってほしいのか?」


という観点は必要不可欠です。

カッコイイと思ってほしいのか、面白いと思ってほしいのか?
感動してほしいのか、ビックリしてほしいのか、怖がってほしいのか、
共感してほしいのか、問題提起がしたいのか、
不条理に身悶えてほしいのか、ハッピーエンドを堪能してほしいのか?


もし問われたならば、
この作品の見所はここである ― と答えられないといけないし、
こういう理論でそれを実現させている ― と解説できないといけない。

言うなれば、「目標」と「その達成方法」である訳です。


表現物にそれがないというのは、ちょっと信じられない ―

それがない状態で、どうやって脚本を書き、
そんな脚本の何を演出し、役者にどう演技してほしいのか
僕にはまったく理解できない ―



理解できない、けど、
「何がやりたいのかわからない」という評価が存在する以上、
伝えたいものもなく、伝える気もない、
そんな作品が今日もどこかで作られている事を意味しているのです。


自分の思い付きをただ実現する ―

そんな独りよがりの自己満足からはいい加減脱しましょう!!
(芸術はそんな単純なものではないはずです)





演劇の世界では、
「笑い」は一段下に見られる傾向にあります。

演劇は高尚で笑いは低俗。

まぁ、そんな感覚も理解できるというか、
ややしょうがない面もあります。

しかし‥


何か言いたげなのに、一々もったいつけたような‥

中身のなさを、わざと難解にして誤魔化したような‥

「この作品のテーマは自分で考えろ」とでも言うような‥


そんなスカした態度の作品より
純粋な笑いの方が、遥かに真摯で誠実で崇高ではないでしょうか。




何を伝えたくて、どう思ってほしいのか?
何が目標で、それを達成するロジックはあるか?

自分の脚本に問いかけてください。

その答えが出せないのは、
「作品」と呼べるレベルに達していない証拠です。


そんなもの、人様にお見せしてはいけません。


逆に、もしその関門を突破できれば‥

一本筋の通った表現物として、地に足が着くようになるはずです。
 

 

 

 

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【コラム】逸脱

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第二波がそこまで来てるような気もしますが、
とりあえずウイルス騒動もどうにか収束しつつあります。

金を寄越せ保護しろとふんぞり返る役者・俳優が居る一方、
この限られた状況の中で
出来るだけの事をしようと奮闘する人達の姿は
暗いニュースが続く昨今における数少ない吉兆でした。





でも正直なところ、「なんだかなぁ」という感は、ある。

オンライン公演にしろ、リモート寄席にしろ、動画配信にしろ‥

結局はインターネット頼みかよ、と。

それしかないのは解る。
どうやってもそこに行きつくのも解る。
誰が考えてもそうなる。

けど、やっぱりそうなるのね、と。

最善手であり、最適解ではある。
けど、裏を返せば、ありきたりで陳腐だとも言える訳です。





僕自身もウェブ上の公演というのは
選択肢として常に頭の中にあるし、企画した事もある。

けど、それはあくまで平時での話。

それしか手段がないし、誰でも思いつく。
二番煎じになると解りきってしまった状態の今となっては
とてもじゃないけどやる気にはなれない。
(わざわざ苦労しなくても、きっと他の誰かがやるだろう)

僕は天邪鬼なのだ。





天邪鬼ついでも付言すれば ―

演劇界はどう動けばよかったのかと言うと、

「アングラでこっそりやる」

というのが正解だったような気もする。
ことの善悪はさて措くとして、
それがもっとも演劇らしいというか、演劇っぽいというか‥
演劇ならではの豪快な解決方法ではあります。


それを思いつかなかった人、
あるいは思いついても実行に移す気になれなかった人は‥

僕も含めて、おそらく
良くも悪くも「人並み」なのでしょう。

善良で上品で常識があるのは誇るべきですが‥

人並みの人間が、今後
如何なるものを表現し、如何なる作品を残せるか?


という点は、思案のしどころです。
 

 

 

 

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【コラム】脚本家はおトク?!

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前回のコラムと同じような内容ですが、
ついでなので書いておきます。

役者の中には、
映画のエキストラに参加したことがある人も居るでしょう。
もし地元で俳優オーディションが開催されたら
挑戦してみようと思う人も出てくるかもしれません。

もし、演出家のもとに
お祭りやイベントのプロデュースの依頼が来たら‥
引き受けてみようと思うのも吝かではないはず。

それと同じように、
「脚本家も演劇じゃなきゃダメ」ってことはないのです。




無から有を作る ―

その稀有な特異性は、無限の可能性を秘めています。

台詞に乗せれば舞台脚本ですが、
それを原稿用紙に向ければ小説になります。
フキダシに書き込んで絵を添えればマンガですし、
屋外でカメラを廻せば映画監督です。

アニメ、ゲームシナリオ、絵本、歌詞‥‥

媒体を変えるだけで、
スキルをひとつ上乗せするだけで、
何者にもなれる。


万物の出発点であり、実はおトクな身分であるということは
脚本家自身が自覚しておくべき重要なポイントです。




「演劇界の人材流出を促すつもりか!」

との叱責があれば‥‥僕は「はい、そうです」と答えます。


楽しむために、人生を豊かにするために演劇がある。

演劇に拘り、囚われてしまったが故に、
「芽が出ない」「報われない」 ― そんな憤懣やる方ない気持ちで
一生を過ごすようでは本末転倒。
いっそ、その鎖をひと思いに断ち切った方が双方の為なのです。




軽んじられ、見くびられ、疎んじられ、虐げられた人間が、
もし自分の背中に翼が生えている事に気付いたら、
迷わず新天地を求めて飛び立っていくことでしょう。

人材流出がイヤだと言うなら、それなりのことはしなければ。

少なくとも、脚本家がタケノコのように
勝手に生えてくると思っているようでは論外です。



もし脚本家志望の若者と出会う機会があれば‥

その時は、できるだけ暖かく出迎え、
なるだけ前向きに受け止め、
可能であれば成長に繋がる指導や指摘をしてやってほしいかな、と。

自分達で育てるくらいの気概がなければ、
巡り巡って自分達が損をすることになります。
 

 

 

 

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【コラム】よしりん先生、何で最近動画ばっかりなん?

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「演劇のブログなんだから演劇の話をしろよ!」
「アニメや動画の話なんか興味ねえんだよ!」

‥という御用向きの方も、この記事は見ていってほしいかな?

活動の方向性を、意図的にシフトさせていってるのは確かです。

それはまあ、単純に
趣味や活動の範囲を広げるのに悪いってコトはないはず。
声優学校に触れて、インスピレーションを受けたのもある。
やってみたかった、自分の力を試したかった、そんな気持ちもあった。

けど、一番大きいのは
「創作活動を続けるにはどうするか?」
「如何にして演劇活動を維持するか?」

という問題に対する回答の模索ですね。




僕らは演劇人である前に社会人なのだから、
気力や体力云々ではどうにもできない制約を受けます。

ひと公演打つために、
会場を押さえて、人数を集めて、スケジュールを立てて、数ヶ月稽古して‥‥
僕自身がそういう「余剰」を許されない状況になってきました。
本公演どころか、プチ公演、発表会レベル‥
いや、もはやお手伝いやヘルプ要員としてさえ参加が厳しい。

公演を打つために、
機が熟すのをただ待つ、時が来るまでひたすら耐える‥。

でも。

演劇という枠に拘らなければ‥!
演劇でなければならないという縛りをなくせば‥!


動画作成なら、その「いつか」を待たずに
日々の空いた時間に進めることができるのです。

それは牛歩のようなもどかしさを伴いますが‥
何らかの成果のある毎日に、僕は満足しています。




そういった制約以外にも、
実は以前から様々な演劇の限界を感じていました。

面白さの限界。
費用対効果の限界。
商業としての限界。
集客の限界。
将来性の限界。

そして、それらの限界をどうにか補っていた
神秘性や神聖性も、
薄々は気付いていたけど、今回のウイルス騒ぎで
はっきりと虚像あることがバレてしまった。
(詳細は前回の記事を参照のこと)




これと信じた道を突き進む。

それは間違いなく美徳でしょう。
情熱と信念と純真さが今尚あるなら、そうした方がいい。

けれど、もし貴方が
同じような不安や不満を抱えているのであれば‥

演劇で培った技術や経験を活かせる分野に
シフトしたり、活動範囲を広げたりして保険を掛けるのは、
決して悪手ではないはず。


これから先、演劇は厳しい時代になります。
活動実績が欲しければ、自分で動いていかなければなりません。
 

 

 

 

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Author:よしりん@演劇同好会
よしりんアーカイブス別館です。
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